大阪高等裁判所 昭和51年(行コ)20号 判決 1980年10月30日
控訴人 服部博
被控訴人 大阪国税局長
代理人 安居邦夫 ほか一〇名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 控訴代理人は「1原判決を取消す。2被控訴人が控訴人に対し昭和三八年六月二八日付でなした懲戒免職処分を取消す。3訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。
二 当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加・訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
(訂正)
1 原判決六枚目表一行目及び一二枚目表五行目の各「違反する無効なものである」を「違反し取消されるべきものである」と改める。
2 同一八枚目表八行目の「政府の」を「政府が」と、同一二行目の「規制」を「規則」とそれぞれ改める。
3 同二五枚目表六行目の「五、一二」を「五、一三」と改める。
4 同三一枚目裏二行目の「納滞」を「滞納」と改める。
5 同四五枚目表七行目の「乙号」を「甲号」と改める。
(控訴人の主張)
1 基本的な見地
(一) 国家公務員(以下、公務員又は職員という。)の勤務関係について
公務員は憲法二八条にいう勤労者であつて、同条の規定する労働基本権を保障されるべきものであるところ、公務員の勤務関係は、国又は任命権者(以下、両者を合せて当局という。)と公務員になろうとする者との意思の合致により始めて成立することからして、根本的には私企業におけると異なるところはなく、対等当事者間の労働契約関係であるというべきであり、これを公法上の非対等当事者間の公権力の発動関係(特別権力関係)とみるのは正しくない。
昭和四〇年法律第六九号による改正前の国家公務員法(以下、国公法という。)九八条一項は、労働契約によつて基礎づけられる現実の労使関係において、特別の法の授権の有無にかかわらず存在・機能している支配命令権を規定しているにすぎず、それを明定した趣旨は、労働者としての労働協約締結権や争議権を与えられていない公務員について、実質上その勤務関係の内容を明示することにより職務命令が法令との関係において適正となるようにするところにあり、その意味で職務命令は厳格かつ制限的に理解されなければならない。
また、懲戒権についても、その本質は、私企業におけると同様、客観的な企業秩序の確立・維持のために設定される服務規律を強制するための一種の内部的制裁であつて、国公法は一般職公務員について労働三法の原則的な適用除外を定めているので、公務員に対する懲戒権の授権規定として同法八二条をもうけているにすぎない。公務員の懲戒処分事由、手続等は国公法で規定され、その懲戒処分は行政処分とされていて、私企業労働者についてとは異なる特殊な取扱いがなされているが、これは、一方において公務員の職場秩序の円滑な回転の保障を目的とし、他方において公務員について恣意的な処分からの保障を目的としているとみるべきであり、これら国公法の規定は公務員の勤務関係が基本的に私企業におけると同様、対等当事者間の労働契約関係であることを否定するものではない。
(二) 時間内組合活動の慣行について
公務員が勤務時間内において職務に就くべき義務があることは当然であるが、我が国のいわゆる企業(国又は地方公共団体等を含め)別労働組合の現状では、一般的に時間内組合活動が組合の維持・運営上不可避のものであるところ、憲法の団結権及び団体交渉権の保障の規定の趣旨に照らし、労使双方の規範意識に支えられた慣行に基いて公務員が行う時間内組合活動は、それが組合の維持・運営上必要不可欠である限度で適法であり、当局はこれを受忍しなければならない。
このような意味での労使慣行は、公務員の勤務条件等についての強行規定である国公法九八条一項、一〇一条一項、三項によつても効力を否定されない(国公法九八条一項等を理由として右労使慣行の効力を否定するときは、その限度で右九八条一項等は憲法二八条に違反する。)。
仮に、公務員の時間内組合活動が違法と認められるとしても、それが労使慣行に基く限り、客観的な職場秩序を破壊することにはならないから国公法九八条一項等の違反はなく、当該行為は懲戒事由とはならない。
本件処分当時の天王寺税務署(以下、署という。)において時間内組合活動は職場秩序を乱さない限度で慣行として容認されていて、控訴人は本件処分理由にいうビラ作成・配付等の組合活動を、昭和三七年から開始された国税当局による全国税組織破壊攻撃に対する組合組織防衛の必要上、やむをえない最小限度のものとして行つたにすぎない。
(三) 右(一)、(二)の基本的な見地に立つて、以下、順次被控訴人がした本件免職処分(以下、本件処分という。)が取消されるべきものであることを述べる。
2 本件処分事由の不存在
(一) 昭和三八年三月二三日の事実について
当時の署においては、午前九時頃からの短時間職務に従事せず、お茶を飲んで一服したり、雑談等したりすることは労使慣行として容認されていた。
また、吉村係長の処分票の選別・抽出の指示は、合理性・緊急性がないうえ、即時履行の命令ではなく、これに対して控訴人は、当日は意見具申したにすぎないし、同月二五日朝早々に自己担当分につき処分票の選別・抽出を行つたことにより右命令を履行したものであつて、職務命令違反はなかつた。
(二) 同年四月四日の事実について
当時の署においては、午前九時頃からの短時間労組関係書類を読むことは労使慣行として容認されていた。
吉村係長の出張命令なるものは出張先を特定しておらず、職務上の指導・助言にほかならない。租税債権の消滅時効の完成を防ぐ方法としては種々のものがあり、その選択については各係員の自主的判断に委ねられていて、当日控訴人は午後から出張・処理したものであり、仮に出張したものではないとしても、自己の判断に基いて署内で仕事をしていたものであり、職務命令違反はなかつた。
(三) 同年四月九日の事実について
当時の署においては、午前九時頃から又は仕事の合い間における短時間の組合ビラの作成・配付は労使慣行として容認されていたし、午前一一時五〇分以降は昼休みとして食事をとる等のことが容認されていた。
(四) 同年五月一三日、一八日の各事実について
当時の署において勤務時間内の短時間の組合活動は労使慣行として容認されていたのに、署当局がこれを一方的に破棄し、円滑な労使関係を破壊したものであり、控訴人には実質的な職場秩序違反はない。
(五) 具体的職場秩序違反の不存在について
本件処分理由に掲げられた各事由は、当時の署における労使慣行を含む具体的職場秩序に照らしてみると、これを破壊したものとはいえず、控訴人の各所為は、国公法九八条一項、一〇一条一項、八二条一号、二号に該当しない。
(六) 職務命令の違法・無効について
被控訴人当局は、当時、全国税組合員の組合脱退工作を進めるため、同組合幹部活動家の一人である控訴人を他の組合員の見せしめとして処分すべく、控訴人の日常活動を監視し、時間内組合活動が当時の署の労使慣行を含む職場秩序において容認されていたのにかかわらず、抽象的な秩序違反として処分の対象とする意図のもとに、吉村係長らに控訴人に対する処分票の選別・抽出命令、出張命令等の職務命令を出さしめたものであつたから、これら職務命令は国公法九八条三項(現行国家公務員法一〇八条の七)に違反する無効のものである。
したがつて、控訴人には本件処分理由にいう職務命令違反はなく、国公法九八条一項所定の事由は存しない。
(七) 業務阻害の不存在について
国公法九八条一項に定める職務専念義務違反を理由として懲戒処分を行うには、被処分者の義務違反による業務阻害が生じたことを要するところ、本件においては控訴人の義務違反により業務阻害が生じた旨の主張・立証はないから、被控訴人は控訴人を国公法九八条一項により懲戒処分に付することはできない。
3 本件処分の憲法、国公法違反
(一) 国公法八二条、八九条一項違反について
国公法八二条は職員に対する懲戒処分事由として三つの事由を制限的に規定し、また同法八九条一項は職員に対して懲戒処分等を行う者はその職員に対しその処分の際、処分の事由を記載した説明書(以下、処分説明書という。)を交付しなければならない旨規定しているが、懲戒処分が免職処分である場合には、とりわけその免職処分を裏付けかつ社会通念上客観的に妥当とみられる事由、すなわち、国公法八二条に定める懲戒処分事由に該当する一定の具体的非違行為と、これに関連してそれまでに行為者に発生した一切の事情(情状事実)とのすべてが記載された処分説明書の交付がなされるべきところ、本件処分は、実質的には、情状事実、特に控訴人が署において勤務中吉村係長らに述べたとされた「言葉」(原判決七一枚目裏一行目から九行目まで、控訴人が右の如き「言葉」を述べたとしても、その真意は、控訴人は労働者として労働強化に反対し、労働条件の向上を主張することにあつたものである。)により勤務状態が不良と評価されたこと、右「言葉」から判定された控訴人の人格、ひいては控訴人の思想を理由としてなされたものであつて、国公法八二条に定める懲戒処分事由を理由としない懲戒処分として同条に違反するのみならず、本件処分説明書には右の点について記載がない点で同法八九条一項にも違反するものである。
(二) 憲法二八条、国公法九八条三項違反(不当労働行為)について
本件処分理由に記載された事由はいずれも当時の署においては職場秩序違反とならなかつたものであるのに、前記2、(六)のとおり、全国税の組合幹部活動家である控訴人を他の組合員に対する関係で見せしめとするため、形式的な秩序違反を理由としてなされた本件処分は、憲法二八条、国公法九八条三項に違反するものである。
一般に、現実の労使関係においては、私企業におけると公務員の勤務関係におけるとを問わず、使用者は組合を規制・抑圧し、組合活動家を排除する反組合的意図をもつて従業員(職員)を処分しようとする場合であつても、処分を正当化するような事由(これは使用者がその裁量によつてどのようにでも準備し、作り上げることができる性質のものである。)を挙げ、権利行使(例えば、解雇、配転等)という形をとり、反組合的意図を露骨に示すことはない。それゆえ、使用者がした当該処分の動機として「反組合的意図」と「正当な処分事由」の二つが競合するようにみえる場合において、いずれが決定的動機であるかを判断するに当つては、反組合的意図の立証の困難さ及び組合活動家が常に処分の脅威にさらされているという労使関係の現実をふまえ、組合活動に参加しなければ問題とされなかつた事実を理由に、組合活動に参加したばかりにあえて処分されたと認められるときは、当該処分の決定的動機は反組合的意図にあると考えるべきである。そうではなくて、前記競合する動機を同価値のものと前提したうえ、平面的・数量的に比較考量することは、使用者の権利行使の形が表面に出、反組合的意図が薄れてしまつて、現実の労使関係の実態に副わないものとなり不当である。
これを本件についてみれば、(1)本件処分は、国税当局が昭和三七年から全国的規模で継続的に行つてきた全国税の組織破壊工作の一環としての性格を有し、結果的にもその効果が絶大であつたこと、(2)控訴人は当時全国税の中心的組合員として又東大阪支部天王寺分会の書記長として活発な組合活動を行つていたものであるが、被控訴人当局が控訴人を嫌悪して、署の吉村係長らをして控訴人の職務上の日常活動を異常といえる程綿密に監視・記録させ、さらに吉村係長らに控訴人の行動記録を後日ことさら控訴人に不利益に改ざんさせたこと、(3)時間内組合活動は署において約七年の長きにわたり労使慣行として容認されてきたものであるところ、被控訴人当局は、時間内組合活動を容認するかどうかが全国税との対抗関係上最大の争点であつたのにこれを禁圧する意図で、控訴人が労使慣行に基いて業務阻害も伴わない時間内組合活動をしたことをとらえて、形式的秩序違反があるとし、軽微な事案であるのに極刑というべき免職処分をしたこと、(4)当時の署において、控訴人の同僚の細川勇(以下、細川という。)は、吉村係長のもとの納貯係で再三再四にわたり職務専念義務違反に及びながらも何らの処分をも受けておらず、同人と事務処理能率において同等であつた控訴人が本件処分を受けたのはまさに時間内組合活動を行つたがゆえであること等の事実からして、本件処分の決定的動機は被控訴人当局の全国税に対する反組合的意図にあつたものというべく、本件処分と控訴人が時間内組合活動を行つたこととの間に相当因果関係があり、本件処分が不当労働行為であることは明白である。
(三) 国公法七四条一項(公正の原則)、二七条(平等取扱いの原則)違反ないし懲戒権の濫用について
懲戒処分は社会通念に照らし処分事由と均衡し、客観的に妥当かつ必要なものでなければならず、処分を行うかどうかの決定及びその処分の種類・程度の選択は公平かつ適正に行われるべきである。そして、懲戒処分権者がいずれの処分を選択するかはその裁量に委ねられてはいるが、恣意的なものであつてはならず、事案の性質、程度、その背景、職場の状況、業務阻害の有無、被処分者の職務内容、職務経歴、勤務成績、事前事後の指導・勧告の有無、改善の可能性、他の処分事由該当者との比較考量、従前の処分例その他諸般の事情を実質的に考慮し、客観的・具体的にみて公正・平等に行わなければならない。
本件処分は、以下の諸事情等からして、社会通念上処分事由との均衡を欠く重きに失するもので、客観的に妥当かつ必要なものとはいえず、被控訴人には処分の選択について公正を欠き、公正・平等取扱いの原則違反ないし懲戒権の濫用がある。
(1) 本件処分の真の狙いは、当時全国税東大阪支部天王寺分会の書記長として活発な組合活動を行つていた控訴人を見せしめで懲戒免職処分として職場から排除し、全国税の組織を破壊するところにあつた。
(2) 仮に控訴人が本件処分理由のいうところの時間内組合活動を行つたとしても、当時の署において時間内組合活動は少くとも半ば黙認されていたうえ、業務阻害もなく、本件事案は極めて軽微なものであつたから、被控訴人が控訴人に懲戒権を発動することは信義則ないし条理上許されない。
(3) 大阪国税局管内において、本件処分時までに時間内組合活動(延べ約一六回の合計三二時間に及ぶ組合執行委員会の実施)等を理由として停職二か月以下に付された者らがあり、その他組合活動を理由としては最も重い処分でも停職三か月にすぎず、八尾税務署斉藤上席徴収官(原判決一三枚目表末行から同裏五行目まで)(訓告)、森村篤二(戒告)、控訴人の同僚であつた細川(処分なし)の各事例等とも比較すると、控訴人がそれまで処分歴を有していたとしても、本件処分が過酷なことは明らかである。
(被控訴人の主張)
1 控訴人の前記1の主張はいずれも争う。
(一) 公務員の勤務関係について
公務員の勤務関係は、公務員が国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、職務に専念すべき義務がある(憲法一五条、国公法九六条一項)ことを本質的な内容とし、それゆえに公務員については、政治的行為が制限され(国公法一〇二条)、私企業から隔離され(同法一〇三条)、争議行為等が禁止され(同法九八条五項、現行国家公務員法九八条二項)る反面、給与、勤務時間その他の勤務条件は法令により保障される等、一般私企業における労働契約関係とは根本的に性質の異なるものである。
このような公務員の勤務関係の特殊性にかんがみ、これを講学上の特別権力関係とみることはもとより正当である(最高裁判所昭和四〇年七月一四日大法廷判決)し、仮に特別権力関係という概念を用いないとしても、公務員の勤務関係が私企業における労働契約関係とは本質的に異なるものであることは否定すべくもない(最高裁判所昭和五二年一二月二〇日第三小法廷判決)。
したがつて、公務員が国公法に基いて負担する上司の職務命令遵守義務や職務専念義務は私企業における労働者の契約上の義務とは本質を異にするといわざるをえず、特に税務職員については、職務が極めて公共性の強いことに照らし右各義務は重視されなければならない。
(二) 時間内組合活動の慣行の主張について
本件処分当時、署においてはもとより大阪国税局管内の他の税務署においても、控訴人主張の如き時間内組合活動の慣行は存在しなかつた。
すなわち、大阪国税局当局は、昭和三四、五年頃から職員の勤務時間内の組合活動を厳格に取扱うようになり、同三七年頃からは時間内組合活動を行う職員に対し強く禁止の指示を繰返してきたものである。
仮に職員の時間内組合活動に対して当局の取扱いが厳格さを欠く場合があつたとしても、その一事により時間内組合活動を行つた職員の職務専念義務違反行為の違法性が阻却されるものではない。
2 控訴人の前記2の主張はいずれも争う。
(一) 昭和三八年三月二三日の事実について
一般に、職員は上司の職務命令が客観的に違法と認められる場合を除いてこれを拒否することはできないものであつて、本件において控訴人は吉村係長の処分票の選別・抽出の職務命令に当日従うべきであり、これを拒否しえなかつたものである。
(二) 同年四月四日の事実について
吉村係長の控訴人ら納貯係員に対する「出張して租税債権の滞納処理をするように。」との指示は、滞納処理のための出張を命じた職務命令であり、「指導」や「助言」にすぎないものではない。
なお、控訴人は当日出張していない。
(三) 同年四月九日、五月一三日、一八日の各事実及び具体的職場秩序違反の不存在の主張について
控訴人主張の如き時間内組合活動の慣行は存在しなかつたのに、ひとり控訴人のみが当局の目を逃れあるいは当局の制止を無視して勤務時間内において組合活動を行つていたものであり、職場秩序違反があつたことは明らかである。
(四) 業務阻害の不存在の主張について
控訴人は、上司からの再三の職務命令に従わず、命ぜられた事務はもとより他の事務にも従事しなかつたものであるから、円滑な業務の運営に支障をきたしたことはいうまでもない。
のみならず、一般に、国公法一〇一条一項所定の職務専念義務違反の成立には必ずしも具体的な業務阻害の結果が生じることを要しない。
3 控訴人の前記3の主張はいずれも争う。
(一) 国公法八二条、八九条一項違反の主張について
国公法八九条一項の趣旨・目的は、当該職員に処分理由を熟知させ、これに不服がある場合には人事院に対する審査請求等の機会を与えることにより、職員の身分を保障し、懲戒処分の公正を確保するところにあるから、同項に定める処分説明書には懲戒事由に該当する一定の非違行為の事実を同一性の識別可能な程度にすべて記載すれば足り、その余の諸般の情状事実については記載を要しない。
しかし、懲戒権者は職員に対し国公法八二条に基き懲戒処分を行うに当つては、処分説明書の記載の有無とはかかわりなく、懲戒事由に該当する行為の原因、動機、性質態様、結果、影響のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分歴、処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮することができる。
控訴人に対する本件処分は、国公法八二条所定の懲戒事由に該当する非違行為につき、前記の諸般の事情を考慮して適正になされたもので、違法の廉はない。
(二) 憲法二八条、国公法九八条三項違反(不当労働行為)の主張について
本件処分の当時、署において控訴人主張の如き時間内組合活動の慣行は存在しなかつたし、本件処分は、控訴人の勤務時間内における組合活動及び職務命令不服従が約二か月の間に五回にもわたつていることを懲戒事由に該当する非違行為とし、次の事由等もあつたことから、控訴人が組合の活発な活動者であると否とにかかわらず、行われたものであり、その理由と必要性が充分存在し、不当労働行為には該当しない。
(1) 控訴人の非違行為は、故意に職場の能率を低下させようとする怠業的な組合活動であり、単純な命令違反や職務懈怠ではなく、上司の存在やその命令を無視した態度によるもので、極めて悪質である。
(2) 控訴人が昭和三六年頃から昭和三八年三月までの間徴収課納貯係において処理した滞納事件数は、他の係員と比較すると著しく少なかつた。
(3) 控訴人はその間再三にわたる上司の指導を受け入れなかつた。
(4) 控訴人は本件処分当時までに減給処分二回、戒告処分一回を受けている。
(三) 国公法七四条一項、二七条違反ないし懲戒権の濫用の主張について
懲戒権者が、職員の非違行為について、懲戒処分をするかどうか、いかなる処分を選択するかの決定は懲戒権者の裁量に委ねられていて、裁量権の行使としてなされた懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り違法とならないものというべきところ、被控訴人は前項に記載した非違行為及び諸般の事情を考慮し、適正な裁量権の行使として本件処分を行つたものであり、違法のそしりを受けるいわれはない。
本件処分当時、控訴人の本件非違行為に類似する他の事例は存在しなかつたし、仮に同一の非違行為があつたとしても、国公法二七条、七四条は形式的に同一の処分をしなければならないとする趣旨のものではないから、本件処分は同条に違反しない。
控訴人の本件非違行為の回数、態様は前記のとおりであつて、控訴人主張の八尾税務署斉藤上席徴収官らのそれとは比較にならず、質的に極めて悪質なものである。
(証拠)<略>
理由
一 当裁判所も控訴人の請求は理由がなく失当として棄却すべきものと判断するものであつて、その理由は、次に付加・訂正するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決四六枚目表一一行目の「略省する」を「略称する」と、同裏三、四行目の「証人吉村嘉治」を「弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二六号証、証人吉村嘉治(原審及び当審)」と、同一〇行目の「発足したこと」を「発足し、その後昭和三八年三月下旬において徴収課には管理一係、同二係、徴収一係、同二係、納貯係の五係があつたこと」とそれぞれ改める。
2 同四七枚目表八行目の「九時三〇分」を「九時四〇分」と、四八枚目表二行目の「この点、」を「吉村係長が控訴人に処分票の選別・抽出を命じたことは」とそれぞれ改める。
3 同四九枚目裏四行目の「に反する」から同七行目までを「を左右するに足りる証拠はない。」と、同一〇、一一行目の「「<1>〇・五」との記載があり、他方、前掲乙第二八号証」を「「<1>0.5」との記載(なお、<証拠略>によれば、甲第二二号証の事務内容欄に記載されているアルフアベツト文字及び片仮名文字は、計画整理簿処理要領通達において納貯係の職務内容を表示するものと定められたものであること、同欄の「1.0」あるいは「0.5」はそれぞれ一日、半日を表示するものであることが認められる。)があり、また<証拠略>」とそれぞれ改める。
4 同五〇枚目表六行目の「甲第二九号証」から同七行目の「及び二四」までを「<証拠略>」と、同裏八行目の「四月」を「五月」とそれぞれ改め、同一〇行目の「原告が」の次に「、納貯係の小池家蔵(以下、小池という。)の援助を得て昭和三七年五月から昭和三八年一月までの出勤簿により出・欠勤日を確認する等したうえで、」を挿入する。
5 同五一枚目表五行目の「したがつて」から同裏七行目の「明らかであるから」までを「昭和三八年一月以降の分においても、同年四月四日は控訴人が年次休暇をとつていなかつたのに、実績簿には半日の年次休暇をとつた旨の記載がなされていること、同月一二日控訴人担当の納貯組合員(天王寺商工会所属・某の昭和三一年七月三一日納期分残額七六〇円)につき滞納処分の執行停止が行われ、当時の帳簿上の処理としては滞納額が減少したことになる(但し、実体的には当該租税債権は当時既に消滅時効が完成しているが、それにつき執行停止をしているから、帳簿上時効完成を前提とした処理がなされたとは認め難い。)のに、実績簿にはその旨の記載がないことが認められ、甲第二二号証の記載は必ずしも正確なものとはいい難く」と改める。
6 同五三枚目表一一行目の次に次のとおり挿入する。
「控訴人は、当時の署においては、午前九時頃からの短時間職務に従事せず、お茶を飲んで一服したり、雑談等したりすることは労使慣行として容認されていた旨主張するが、<証拠略>を総合すると、昭和三八年三月から五月頃の署においては、正規の勤務開始時間は午前八時三〇分であつたが、九時までの三〇分間はいわゆる出勤簿整理時間として勤務開始が猶予されていて、職員は概ね午前八時三〇分から午前九時までの間に出勤していたところ、午前九時になつても職員が直ちに職務に就くことなく、五分間位お茶を飲み、その間私的な話をすることは、職務の準備行為として署長らにおいてこれを黙認していたことが認められるが、<証拠略>中、署の職員が昭和三八年三月から五月当時通常お茶を飲むのに要する五分位の間を超えて一五分や三〇分以上の間に及んで新聞を読んだり、雑談をしたりすることが労使慣行として容認されていた旨の部分は、にわかに信用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定の事実にかんがみると、当時の署において、職員が一般的に午前九時から五分間位のいわゆるお茶飲み時間帯について有効に職務専念義務を免除されていたとは解し難いのみならず、署の実際の取扱いを前提としても、右時間帯の職務不専念はその後直ちに勤務に就いた場合に限り職務専念義務違反に問われないというにすぎず、右時間帯を過ぎてもなお雑談等をして勤務に就かない場合には、右時間帯の職務不専念とその後のものを不可分一体のものとして、午前九時以降のすべての間の職務不専念につき職務専念義務違反をもつて問責されるべきことは当然である。
次に、控訴人は、吉村係長の処分票の選別・抽出命令は即時の履行を命じたものではなく、控訴人は同月二五日の朝早々に自己担当の処分票の選別・抽出を行つたから命令違反はなかつた旨主張するが、前記認定の事実によれば、吉村係長の前記処分票の選別・抽出命令が即時に履行を命ずるものであつたことは明らかであり、小池担当の処分票の選別・抽出が後日になることが予測されたことは右認定の妨げとはならないから、控訴人は吉村係長の命令に従わなかつたものであるというべく、控訴人の右主張は採用しない。
さらに、控訴人は、控訴人の前記認定の行為は、当時の署の具体的な職場秩序に違反するものではなかつたし、業務阻害を生じていない旨主張するが、前記認定の事実によれば、控訴人は、吉村係長の処分票の選別・抽出の職務命令に対し明白に反対の意思を表わしてこれに従わないばかりか、新聞を読んで執務しなかつた等の行為に及んだものであるから、これらが職場秩序違反になることはもとより、少くとも控訴人担当の事務処理が遅延し、ひいては納貯係全体の業務の円滑処理を阻害したことも明らかであり、控訴人の右主張は失当である。
また、控訴人は、吉村係長の右命令は国公法九八条三項に違反する無効のものである旨主張するが、この主張が採用しえないものであることは後述のとおりである。」
7 同五三枚目裏七、八行目の「証人吉村嘉治の証言とこの」を「原審及び当審証人吉村嘉治の証言及び右原審」と、五五枚目表四行目の「認められ」から同六行目の「他に」までを「認められ(吉村係長が、「服部君、業務外の仕事をせんと昨日の打合せどおり時効関係の出張せんか。」との発言を除く、前記認定の発言をしたことは当事者間に争いがない。)、」とそれぞれ改める。
8 同五六枚目表一〇行目の「会つて」から同一一行目の「従前どおり」までを「遭つて実現せず、四月は従前どおり、五月以降は実績を原則とし一部平等配分を加味して、旅費」と改め、同裏四行目の次に「なお、<証拠略>によると、吉村係長は昭和三八年四月四日実際に天王寺区味原町へ納貯組合の普及の用務のために出張したが、昼休み時間内に用務を済ませ帰署したことが認められるので、同日の吉村係長の出張の事実も前記認定を動かすには足りない。」を挿入し、同八、九行目の「解されるが、前認定のとおり」を「窺われないものではないが、前叙の如く」と改める。
9 同五七枚目表三、四行目の「を職務命令」から同五、六行目の「事実によれば」までを「は、出張先を特定しておらず、職務命令ではなくて職務上の指導・助言にほかならず、控訴人はこれを職務命令とは理解していなかつた旨主張するが、前記認定の事実並びに<証拠略>を総合すると」と、同一〇行目の「示唆」から同裏二行目までを「指導・助言に止まらず、右滞納処理のため前日の打合せにおいて特定された場所への出張を命じた職務命令であり、控訴人においてこれを拒否しうるものではなく、また控訴人自身においても職務命令であると理解していたものであると認めるのが相当である。」とそれぞれ改める。
10 同五八枚目表一〇行目の「許容さるべきである」の次に「し、それゆえ控訴人の前記認定の行為は当時の署の具体的な職場秩序に違反するものではなく、業務阻害を生じていない」を挿入し、同裏二行目の「理由となりえない。」を「理由となしえないし、前記認定の事実によると、控訴人の行為は、その態様に照らし、職場秩序に違反するものであることは明らかであるし、控訴人は、吉村係長の出張命令に従わなかつたばかりか、同日の勤務時間のうち約六時間全く執務しなかつたのであるから、少くとも控訴人担当の事務処理が遅延し、ひいては納貯係全体の業務の円滑処理を阻害したこともまた明らかである。
さらに、控訴人は、昭和三八年四月当時納貯係において各係員担当の納貯組合員に対する租税債権の消滅時効を防止する方法の選択は各係員の自主的判断に委ねられていて、同月四日は控訴人は自己の判断に基いて署内で仕事をしたものであるから職務命令違反はない旨主張するが、前記認定事実並びに弁論の全趣旨によれば、昭和三八年四月当時も納貯係においては毎月始めに月間事務計画を定め、各係員は原則的に同計画に従い自主的に事務処理を進める態勢にあつたが、徴収課長、納貯係長らは同計画内容とかかわりなく、随時必要に応じ係員らに職務の執行を命じ、係員においてこれを処理してきたことが認められ、右の事実によると、控訴人は、納貯係長らの特別・具体的な指示・命令のない限り、一応租税債権の消滅時効の完成を防止するための種々の方法についての選択を委ねられていたことが認められるが、納貯係長らの具体的指示・命令があるときはこれに従うべきは当然であり、自己の判断を優先させてこれを拒否することはできないものというべきである。
そして、控訴人は、吉村係長の右出張命令は国公法九八条三項に違反し無効のものである旨主張するが、この主張が採用しえないものであることは後述のとおりである。」と改める。
11 同五九枚目裏九行目の「両日」の次に「(六日は半日)」を挿入し、六一枚目裏八、九行目の「<1>〇・五、年休〇・五」を「<1>0.5年休0.5」と改め、六二枚目表九行目の次に「<証拠略>によると、昭和三八年四月当時署においては、昼休み時間は午後零時一五分から同一時一五分までの一時間と定められていたところ、署内食堂が手狭で、約一〇〇名の職員が同時間内には昼食をとりえない状況であつたので、署長において職員が午前一一時三〇分すぎころから順次交替に署内食堂で昼食をとることを黙認していたこと、また勤務時間内に職員が私用で署内において客と面談することも、長時間に及んだり職務に支障をきたすことのない限り署長において黙認していたことが認められるが、右事実に照らしてみても、署において職員が一般的に午前一一時三〇分すぎから午後零時一五分までの間、又は私用で客と面談の間、有効に職務専念義務を免除されていたとは解されないのみならず、署の実際の取扱いを前提としても、職員が午前一一時三〇分すぎころから午後零時一五分までの昼食をとる間、勤務時間中私用で短時間客と面談する間の各職務不専念について職務専念義務違反に問われないというにすぎず、右昼食の間に他の私事や組合活動をすることが許されていたものではないし、また、私用での客の面談の前後においても職務不専念が継続する場合には、これらを不可分一体のものとして、私用での客との面談の間の不専念を含むすべてについて、職務専念義務違反をもつて問責されるべきことは当然である。
そして、控訴人は横山課長らの前記命令は国公法九八条三項に違反し無効のものである旨主張するが、この主張が採用しえないものであることは後述のとおりである。」を挿入する。
12 同六四枚目裏一一行目の「違法はない」から同末行までを「違法ではなく、当時の署の具体的な職場秩序に違反するものではないし、業務阻害を生じていない旨主張するが、後述するとおり勤務時間内の組合活動は許されるべきものではないから、控訴人は、控訴人の組合活動を制止し職務に就くよう指示した横山課長らの命令に従うべきものであつたところ、これを無視してビラを作成・配布し、執務しなかつたものであるから、控訴人に職場秩序に違反する行為があつたことは明らかであり、また少くとも控訴人担当の事務処理が遅延し、ひいては納貯係全体の業務の円滑処理を阻害したこともまた明らかである。
また、控訴人は、横山課長らの右命令は国公法九八条三項に違反し無効のものである旨主張するが、この主張が採用しえないものであることは後述のとおりである。」と改める。
13 同六五枚目表一二行目の「三〇分」を「三五分」と改め、同裏四行目の「尋問調書)、」の次に「<証拠略>」を挿入し、六七枚目表一行目の「違法でない」から同三行目までを「違法ではなく、当時の署の具体的な職場秩序に違反するものではないし、業務阻害を生じていない旨主張するが、この主張もまた昭和三八年五月一三日の事実について述べたところと同じ理由により採用しえないものである。
また控訴人は、横山課長らの前記命令は国公法九八条三項に違反する無効のものである旨主張するが、この主張が採用しえないものであることは後述のとおりである。」と改め、六七枚裏一行目から六九枚目裏六行目までを削除する。
14 同六九枚目裏末行から七〇枚目裏八行目までを次のとおり改める。
「ところで、租税の賦課徴収の任に当る税務署長及びその部下である税務職員は、納税義務者に対する租税債権の性格にかんがみ、租税債権を時効消滅させることのないよう配慮し、適切な措置を講ずべきものであることは当然であつて、所定の措置をとることを怠り放置した結果租税債権を時効消滅させるが如きは職務懈怠のそしりを免れないものというべきである。
これを本件についてみるに、右争いのない事実、<証拠略>を総合すると、昭和三七年六月一日から昭和三八年四月一日までの間に控訴人担当の納貯組合員に対する八件の租税債権が時効消滅したこと、うち一部については、その時効完成前に吉村係長から当該租税債権の滞納処分票総括票に付せんを貼付する方法で至急処理するよう控訴人に対し指示がなされていたのにかかわらず、控訴人がその後もこれを放置していたこと、その余のものについては、納貯係長らからの的確な指示がなく、署の徴収課における租税債権の消滅時効完成防止のための管理体制が必ずしも万全でなかつたことも当該租税債権についての消滅時効完成の一つの原因となつていることが認められ、右認定の事実にかんがみると、控訴人にも右租税債権の時効消滅につき一半の責任があることは否定し難く、このことを懲戒権者たる被控訴人において控訴人を処分するかどうか、いかなる処分を選択するかの決定に際し後記諸般の事情の一として考慮することは一向に差し支えないものというべきである。」
15 同七〇枚目裏一一行目の「吉村嘉治」の次に「(原審及び当審)」を挿入し、同行の「各証」を「各証言」と、七二枚目表三行目の「などと」を「といい、また横山課長が控訴人に職務上の注意を与えるため同課長席のところまで来るよう命じても、控訴人は「課長に用事があれば、課長の方からわしのところへ来い。」といつてこれを無視したことがあり、」と、同六行目の「第一、二回)及び」を「第二回)」、当審証人小池家蔵、同細川勇の各証言並びに原審及び当審における」と、同七行目の「結果」を「結果により」と七三枚目表四行目の「吉村」から同一一行目の「みてくると」までを「<証拠略>によると、幹部手帳(<証拠略>)の記載のうち、少なくとも昭和三七年六月一六日、七月三一日、一二月三日の各記載は明白な誤りであることが認められるうえ、同手帳の記載自体大雑把で、一部には何人の行動についての記載であるか明暸でないところがあるし、吉村係長において控訴人の行動を逐一正確には観察・記録しえず、見落しがあつたこともある(吉村係長自身が<証拠略>においてこのことを認める供述をしている。)から」とそれぞれ改める。
16 同七四枚目裏一二行目の「政府の」を「政府が」と、七七枚目表一〇行目の「欠けていたことをもつて」を「欠けていたものといわざるをえないが、右職員の食事、散髪等のための時間につき有効に職務専念義務が免除されたとは解しえないし、当時の署において勤務時間の取扱いについて多少厳格さを欠いていたことをもつて」と、同裏三行目の「西川喜雄」から同五行目の「よれば」までを「<証拠略>を総合すると」とそれぞれ改める。
17 同七八枚目表一行目の「九月ころ」から同裏一行目の「それを越えて」までを「末ころまでには勤務時間内の執行委員会の開催をほぼ全面的に中止し、勤務時間内のビラの作成・配布についてもできる限りこれを差し控え、昭和三八年になつてからは、控訴人ら少数者のみが署当局の注意を無視してこれを続けていたことが認められ、<証拠略>中、右認定に反する部分はたやすく信用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定の事実によると、遅くとも昭和三七年ころから昭和三八年五月ころまでにかけて署において控訴人主張の如き時間内組合活動について」と、同七行目の「4 以上のとおり」を「4 控訴人は、被控訴人当局は、当時、全国税組合員の脱退工作を進めるため、控訴人を他の組合員への見せしめとして処分すべく、控訴人の日常活動を監視し時間内組合活動が当時の署の労使慣行を含む職場秩序において容認されていたのにかかわらず、抽象的な秩序違反として処分の対象とする意図のもとに、吉村係長らをして控訴人に対する処分票の選別・抽出命令、出張命令等の職務命令を出さしめたものであつたから、これら職務命令は国公法九八条三項に違反する無効のものである旨主張する。
<証拠略>によると、控訴人は昭和三八年当時も全国税組合幹部活動家の一人であつたことは認められるが、当時の署において時間内組合活動が労使慣行として容認されていなかつたことは前叙のとおりであるし、基本的処分事実の存否についての前記認定の事実によれば、吉村係長らは、徴収課長らとの合議(三月二三日の処分票選別・抽出命令)、納貯係での打合せ(四月四日の出張命令)、一人別照合カード集計作業の緊急性(四月九日の執務命令)、署長の指示(五月一三日、一八日の執務命令、<証拠略>により認められる。)等、職務上の具体的必要性に基いて各職務命令を発したものであることが認められ、被控訴人当局及び吉村係長らが、控訴人に対する命令を発するに当り、職務上必要でないのに控訴人が命令に服従しないことを期待・予測して、命令違反があればこれを理由に処分する意図をもつて命令したものであることを認めるに足りる証拠はないから、吉村係長らの前記命令が国公法九八条三項に違反するとはいえず、控訴人の右主張は採用しえない。
5 また、控訴人は、本件処分において、国公法八九条一項の規定により、控訴人に対し同法八二条所定の懲戒処分事由に該当する一定の具体的非違行為と情状事実とのすべてが記載された処分説明書が交付されるべきであつたところ、本件処分は、控訴人に交付された処分説明書に記載がなく、かつ国公法八二条所定の懲戒事由にも該当しない情状事実、すなわち、控訴人の述べた言葉ひいてはその人格、思想を理由としてなされたものであるから、同法八二条、八九条に違反する旨主張する。
ところで、一般に懲戒権者が懲戒権を発動するに当り、公務員の身分保障と懲戒処分の公正とを図る必要のあることは当然であるから、国公法は八九条一項の規定によつて懲戒権者に処分説明書の交付を義務づけ、もつて当該職員に処分事由を熟知させ、これに不服ある場合には、人事院に対する不服の申立等の機会を与えているのである。したがつて、処分説明書には、懲戒処分事由に該当する事実がその同一性を判別しうる程度にすべて記載されることを要し、かつ、これをもつて足りるというべきであり、情状事実については必ずしも記載されることを要しないものと解すべきである。
これを本件についてみれば、前叙の如く、控訴人について国公法八二条所定の懲戒事由に該当する具体的事実が存するところ、税務署職員の職務の高度の公共性並びに行為の回数、性質、態様、影響等にかんがみると、控訴人の前記各所為の非違性は極めて重大であるといわざるをえないものであり、本件処分説明書の内容にも照らすと、本件処分は、処分説明書に記載された控訴人の前記各非違行為を理由とするものと認めるべきであり、控訴人の主張するが如き情状事実を理由とするものとは到底認めることができない。
もつとも、懲戒権者は職員を処分するかどうか、いかなる処分を選択するかを決定するに当つて、後述の如く諸般の事情を考慮することができるから、被控訴人が控訴人を本件処分に付するにつき控訴人の日頃の職務態度を諸般の事情の一つとして参酌したとしても、これを不当とすることはできない。
控訴人の右主張もまた採用することができない。
6 以上のとおり」とそれぞれ改める。
18 同八〇枚目裏一行目の「七五名」から同二行目の「三〇名」までを「約七五名、約一一四名、約九一名であつたのが、同年末にはそれぞれ約九名、約二五名、約三二名」と改め、八三枚目裏二行目の「右認定に反する」から同六行目の「他に」までを削除し、同九行目の「明らかであり」から同末行の「すぎようし、」までを「明らかであるが、他方、前叙の如く、控訴人は、勤務成績、態度は必ずしも良好とはいえないうえ、過去三回の懲戒処分歴があり、また勤務時間内の組合活動を繰返し、吉村係長ら上司の指導・命令をも無視するが如き態度をとり続けていたことから、署長始め被控訴人が控訴人を必ずしも好ましい人物とは考えていなかつたことは推認しうるものの、それがひとえに控訴人の正当な組合活動を嫌悪した結果によるものとは到底いうことができないから、被控訴人が控訴人を好ましい人物と考えていなかつたことの一事をもつて、被控訴人に控訴人をその正当な組合活動のため職場から排除しようとする意図があつたとは断じえない。」と改める。
19 同八四枚目表七行目の「落し入れ」を「陥れ」と、同八、九行目の「困難なことであろう。」を「できない。」と、同裏六行目の「本件免職処分」から同八行目の「ものではなく」までを「各国税局の職制による全国税組織への介入・切崩しと本件処分とはその態様を全く異にするものである(<証拠略>によると、昭和三八年当時大阪国税局管内の旭税務署に勤務し全国税近畿地連東大阪支部旭分会長をしていた中井士郎は上司の態度等からして被控訴人が当時同支部幹部の処分を狙つていた旨証言するが、右証言は同人の憶測又は伝聞に基くものであつて曖昧であるからにわかに措信し難く、なお、同証言によるも、被控訴人が控訴人を狙つて処分したとまでは認めることができない。)から、右組織介入・切崩しと本件処分とが同一の意図のもとに行われたとは到底認め難く、また本件処分理由の一つとされた時間内組合活動は、署長において承認し又は労使慣行として容認されたものではなく、かえつて、署長により明確に禁止され、昭和三八年当時には少なくとも分会全体としては、原則的に当局の禁止の指示を了解しこれに従わざるをえない状況にあつて、時間内組合活動の可否については署と分会との間ではほぼ決着がついていたものであり」とそれぞれ改める。
20 同八五枚目裏八行目の「以上のような」から同一〇行目の「否定しえないとはいえ」までを「また、控訴人は、本件処分当時、署の納貯係の細川が再三再四にわたり職務専念義務に違反し、その事務処理能率においても控訴人と異なるところがなかつたのに、細川には処分がなく、控訴人のみが本件処分を受けたのは、被控訴人の反組合的意図がその決定的動機となつている旨主張するので判断するに、<証拠略>には細川が昭和三七、三八年当時多数回にわたり一日あるいは半日職務に就かなかつた旨の記載があるが、右各証拠は前叙のとおり信用しうるものではない。しかし、<証拠略>によれば、細川は右の当時勤務時間中に職務に就かず、遊んでいたことが一再ならずあつたものの、同人はその担当事務をほぼ上司の指示どおり適時に処理していて、納貯係全体の業務阻害を生じたことはなく、また、以前に懲戒処分を受けたこともなかつたことが認められる(<証拠略>のうち、右認定に副わない部分は信用しえず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。)から、非違行為の態様、影響その他の諸般の事情につき控訴人とは情状を異にする細川が処分を受けなかつたからといつて、被控訴人に本件処分を行うにつき反組合的意図があつたとは推認しえない。
そうすると、被控訴人が本件処分を行うにつき控訴人の正当な組合活動のために不利益取扱いをする意思があつたとはいえず」と改める。
21 同八六枚目表六行目から同一一行目の「ところであり、」までを「ところで、公務員に対する懲戒処分は、当該公務員に職務上の義務違反、その他国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的内容とする勤務関係の見地において、公務員としてふさわしくない非行がある場合に、その責任を確認し、公務員関係の秩序を維持するため、科される制裁である。もとより、懲戒権者が懲戒処分をすべきかどうか、またいかなる処分を選択すべきかを決するについては、公正であるべきである(国公法七四条一項)し、平等取扱いの原則(同法二七条)や不利益取扱いの禁止(同法九八条三項)に違反してはならないが、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後の態様、処分歴等、諸般の事情を考慮し、その裁量によつて懲戒処分をすべきかどうか、また、いかなる処分を選択すべきかを決定することができるものと解すべきである。懲戒権者の右裁量は、恣意にわたることをえないものであることは当然であるが、その行使としてなされた懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして違法とはならないものというべきである(最高裁判所昭和五二年一二月二〇日判決民集三一巻七号一一〇一頁参照)。
そこでこれを本件についてみると、前叙のとおり、本件処分理由とされた控訴人の非違行為は、昭和三八年三月二三日から同年五月一八日までの間の五回にわたる職務専念義務違反及び上司の命令不服従並びに三回にわたる勤務時間内組合活動であるが、これらは控訴人が組合業務を優先させる余り、積極的な勤労意欲に欠けることとその上司を無視するが如き勤務態度とに原因があること、控訴人の上司の命令不服従を放置するときは署における職場秩序の維持が極めて困難となることが容易に推認されること、その他前記控訴人の勤務成績、懲戒処分歴等にかんがみると、本件処分はまことにやむをえないものというほかはなく、当時本件に類似するが如き事例が他にあつたことを認めるに足りる証拠はなく、前記細川の事例や」と、同裏二行目から三行目の「その事例」までを「控訴人は右主張の根拠の一事例」と、同九、一〇行目の「に反し」を「に対して」とそれぞれ改める。
22 同八七枚目表五行目の次に「なお、<証拠略>によると、昭和三八年当時署に勤務し全国税近畿地連東大阪支部天王寺分会執行委員をしていた森村篤二は、前認定のように同年五月一三日、一八日控訴人とともに組合ビラを印刷した事実等により、同年六月二八日付で戒告処分を受けたこと、昭和三七年当時東成税務署に勤務し全国税近畿地連東大阪支部書記長をしていた岩崎貞夫は、同年一〇月一二日同署長らの出張命令に従わなかつた事実等により、同年一一月一九日付で三か月の停職処分を受けたことが認められるが、右両名の非違行為は、前認定の控訴人の非違行為と対比すると、軽微なものであることが明らかであるから、本件処分が右両名に対する処分に比して過酷であるということはできない。」を挿入する。
二 以上の次第で、前記判断と同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから民訴法三八四条によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 仲西二郎 林義一 大出晃之)